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 ★★★☆「モンテーニュ通りのカフェ」
 ★★★☆「マンデラの名もなき看守」
 ★★★☆「愛おしき隣人」
  ★★★「ブレス」
  ★★★「ノーカントリー」
  ★★★「ランジェ公爵夫人」
  ★★★「王妃の紋章」
  ★★★「フィクサー」
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  ★★☆「There Will Be Blood」
  ★★☆「ミスト」
   ★★「チャーリーウィルソンズウォー」

今後は「インディジョーンズ」「JUNO」「イースタンプロミス」ほか

2006年09月20日

新たなる希望を探して

何だかこの国には希望がもてないなあ。
いろんなニュースを聞いても、下り坂だよねえ。

10年前、学生の時もそう思っていたけど、
あの頃よりも、さらに悪くなっている気がする。
そんな悪いニュースが次々と流れることに、
徐々に慣らされていってしまっている気がする。

次の総理候補も、ひどいもんだなあ。
前回は「凡人、軍人、変人」だったけど、
今回は「プリンス、チンピラ、サラリーマン」だもんなあ。

漢字がカタカナに変わっただけのようでも、
何だか今回には本当に魅力がないなあ。
この人たちはいったい、何をもたらそうとしてるんだろう。

国が上向くというのは、みんなが希望を持つことだと思う。
嘘っぱちでもいい、集団には目標と希望が必要なのだ。
「頑張れば、みんなが幸せになれる」そんなことは嘘っぱちだ。
嘘っぱちだったことが、バブルがはじけてバレてしまった。

でも、嘘に酔わされていた時代は、幸せだったじゃないか。
いまから振り返ってみれば、そう思うんじゃないか?
「どうすれば幸せになれるのか」という究極の課題に向かって、
みんなが「そうだ!」と思える嘘をつくのが
結局は政治の役割なのだと、歴史を振り返って思う。

次の総理は、「どうすれば幸せになれるの?」という問題に、
みんなが「そうだ!」と思えることを言うのかなあ。
いま幸せな人たちよりも、これからを探す人たちに、
どんな希望をもたらすことができるんだろう。

自分たちの身の回りにいる人しか、
大切にしてこないような役人や政治家は、
きっと、身の回りの人々には善良ないい人でも、
そうではない人々には、どんどん冷徹になるだろうなあ。

二世、三世議員が増えれば増えるほど、
他の人々の希望が失われるのは当然だろうなあ。
それは貴族政治の問題と、全く変わらないと思うんだけど。

かくして、誰もが納得する希望が見つからないとき、
国家はよく「人のせい」を持ち出す。
「あの国が悪いんだ!」と言えば、
みんなが「そうだ!」と思ってしまうから。

それを持ち出した国や政治家の末路は、
だいたい歴史をひもとけば、容易に予想できる。
そういう予想のために、歴史はあるんだから。

阿部謹也先生が亡くなったニュースを聴いて、
ふと、歴史学を学んでいた時代を思いだした。
このままだと、どうなっちゃうんだろう。
次の世代に、焼け野原しか残せないのかなあ。

未来によぎる、そこはかとない不安と、
自分がいいから、まあいいかという安堵。
曖昧な身勝手は、この社会を支配しながら、
時間だけがゆっくりと流れていくのだ。

Ak.
posted by Ak. at 12:33| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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