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2006年06月26日

4年越しの敗北

ブラジルに負け、日本の敗退が決定した直後。

中田英寿が、ピッチにひれ伏して泣いていた。
この場面について、多くの言説が取りざたされている。
「相当負けて悔しかったんだ」という人もいる。
「何をカッコつけて、ミスも多かったくせに」という人もいる。

真相は、きっと本人のサイトや、
金子達仁氏あたりが書いてくれるだろう。
でも、自分はこの涙に感じたのは、
まさに4年越しの敗北だったと思う。

4年前、トルシエに中田はかみついていた。
なんで、電話もネットも自由にできないんだ。
なんで、外出に許可が必要なんだ。
なんで、違うポジションに走っちゃいけないんだ。
なんで、食生活まで食べたいものが食べられないんだ?

なんで、自由にさせてくれないんだ?
中田英寿の「やりたいことをやる」というポリシー。
トルシエはそれに真っ向から対立し、ヒデを苦しめた。

最終的に中田は自分が折れ、大会中は融和に徹した。
鬼軍曹がいるからこそ、和を保とうと楽しさを演出した。
チームのために、中田が自分を捨てたのはこの頃からかも知れない。
(そして、プレーにかげりがでてきたのも、この頃からだったが)

でも、内心では沸々と、湧き上がるものがあっただろう。
俺たちはバカじゃない。ロボットじゃない。
トルシエ、俺たちはアンタの人形やオモチャじゃない。
俺たちが考えて、俺たちがもっと行動すれば、
きっと、もっといいサッカーができるはずだ。
きっと、決勝トーナメントでも勝てるはずだ!

中田英寿にとっては、そのための4年間だったのではないか。
そして4年後、中田英寿には埋めようのない屈辱が訪れた。

やっぱり、日本代表はバカだった。
外出を許すと、キャバクラに行ってしまう。
電話やネットを許すと、周囲の批判にへそを曲げる。
試合中もポジションを変えると、'簡単にバランスを崩す。
試合のためのコンディションづくりさえ、一人ではまるでできない。

トルシエは、あたかもそれを見抜いていた。
だから、トルシエは厳しかったのだ。
4年前、正しかったのは中田英寿ではなかった。
4年前、正しかったのはトルシエだったのだ!!

これほどの屈辱が、果たしてあっただろうか。
サッカーの技術や、レベルが否定されたのではない。
日本のサッカー選手、ひいては日本人全体、
中田英寿の持っているポリシーそのものが否定されたのだ。

「日本の選手たちは、まだ自由に行動させられないほどバカなんだよ」

トルシエが、本当に日本人を見極めていたのかは分からない。
おそらく、もっと奔放でひどいアフリカンサッカー出身の彼は、
とんでもなく身勝手な協会や選手たちとの確執の中で、
すでに日本以前から、自分なりのやり方を築き上げてきたに違いない。

ただ、それらと同列に日本も、扱われてしまったこと。
そして、それが正しかったことが証明されてしまった。
それが、この大会の3試合には凝縮されてしまったのだ。

この4年間、中田英寿は「自由」を掲げて戦ってきた。
自由を求めて、プランデッリに反発し、プレミアにもやってきた。
自分で判断し、行動し、身体をつくり、彼自身は成長してきた。

でも、日本サッカー全体を変えるまでには、至らなかった。
トルシエのあの扱い。それに対する屈辱。
誰もが、悔しいとは思わなかったのだろうか?
言うことを聞くだけのロボット扱いに、
一人の人間として、雪辱したいと思わなかったのか?

誰だって、イヤな教師や上司の、
理不尽な命令に従ったことがあろう。
「この野郎」と思ったことは、誰にだってあるはずだ。
「オレならそんなことはしない」苦い思いを胸に秘め、
黙々と命令に従ったことが、多かれ少なかれあるはずだ。

「いつか見てろ」その反骨心がヒデにはあった。
でも、他の連中にはまるでなかった。
本当に自由にやらせてくれる上司が来たとき、
そこはプロにはほど遠い、サークル活動の場になっていた。

それを変えようとヒデは努力した。
「このチームではW杯を勝ち抜けない」とまで言った。
今度は彼がトルシエになった。それでも、ダメだった。
あの悔しさを、あの屈辱を、みんな簡単に水に流していた。
いや、あれを屈辱とさえ、思っていなかったのかも…。

「オレだけだったのか」
その猛烈な孤独。

あの涙には、サッカーとはおよそ別次元のものが込められている。
人間として、仲間として、他の選手たちに期待をかけ、
そして無惨に裏切られた1人の男の、果てしない絶望。

そう思って、いまもたまにビデオを眺めてみると、
山積する日本サッカーの課題とともに、
たった一人の人間にとっての、「できることの限界」を、
大変身勝手に想像しつつも、しみじみと感じてしまうのである。

Ak.
posted by Ak. at 15:18| 東京 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | サッカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
同感です。人の深い心理は本人にしか解らないにしろ、それに近いものが中田選手にはあったと思われます。
日本のサッカー、日本人が馬鹿にされてると感じた時、抗うのかひれ伏すか…?中田の行動は前者でしょう。
気付かない「ハクチ」が多すぎた…

…そして、その彼等を温かく笑顔で出迎える日本の「サポーター」達……
Posted by きんぐかず at 2006年06月26日 19:39
コメントありがとうございます。

真相は分からないにせよ、
すでに何百回と試合では負けている、
プロのサッカー選手が「負けた」くらいで、
いくらW杯の敗退が決まった試合だとはいえ、
それであんなに泣くはずはない気がするんです。
その辺を、みんなが感じとった方がいいんじゃないかと思って書きました。

そうして考えてみれば、おっしゃるように、
サポーターの出迎えも歓声ではなくて、
もっと騒々しくても良かったのかなあ。
コスタリカでは「コーヒー園労働者募集 条件:恥さらしな人」
のプラカードが空港に並んだそうですし。

そういう厳しさもないと、そろそろこの上の段階に選手が育たない、
そんな時期に来ているのかも知れません。
まあ、Jでは「いつも応援してくれる」と喜んだりしてくれる外国人選手もいて、
この朗らかな雰囲気がいい、という考えもあるとは思うんですが…。。。

Ak.
Posted by Ak. at 2006年06月26日 21:04
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